どうもこんにちは、全国のすずめ(@S_amaboshi)です。
夏の恒例(?)青春18きっぷ旅を行なって参りました。
今年は5年ぶりの連続5日旅!
5年分年を重ねた肉体がもつのか不安ですが、レポートが無事公開されたということは生きて長野の地を踏めたのですね。
ただいま、帰ってきたよ!
~~完~~
序章は終わり、ここからが始まりです。
頑張っとるやないか!
Contents
レールも敷けない三十一才、夏
前回の「サイコロで行き先を決める旅」は、出だしこそ新鮮だったものの、関西に入ると分岐が増えて延々とサイコロを振り続けるオチが待っていました。
乗ってもサイコロ、降りてもサイコロ。
寝ても覚めてもサイコロ。
サイコロの奴隷です。
あれはあれで楽しかったものの、落ち着かなかったので今回はすべて自分で計画しました。
私の生き方は私が決める!
と息巻いた直後、台風10号の発生。
未踏の四国か九州旅の計画は早くもついえます。
自分で敷いてもレールは壊れるから人生って難しいですね。
ただ、あれやこれやしてるうちに実行日が遅れたので、九州へ行でもよかったんじゃね? と思ったり。
のろい、優柔不断、想定外の行動、狂人じみた衝動性などなど、親近感のわく台風の進路に延々と悩まされます。
前日まで出発日を決めかね、9月3日(火)実行。
天気の一方、私といえば興奮と不安、疲れ(主に決定疲れ)により前々々夜から絶賛不眠中。
毎朝4時に尿意で目覚める日々を送っていました。
遠足前の小学生だってもっと寝ます。
出発前から早くもコンディションは最悪、自分で敷いたレールは初手から歪んでいました。
果たして大丈夫でしょうか?
だから頑張っとるやないか!
朝7時台スタート、名古屋へ
自らの膀胱を叱咤激励、寝不足のまま迎えた当日。
駐車場の2000円をケチり、チャリで最寄り駅に向かいます。
遅刻か30分前行動かの二択しか取れない私ですが、今回は30分前に到着しました。
通勤時間で電車が多くあったので、予定より2本先の電車でスタートです。
とはいえ行動が早まるわけではなく、一駅先の乗り換え駅で待つ時間が長くなるだけです。
田舎あるあるですね。
私の未来を暗示しているように、電光板がバグった行き先不明瞭な電車が到着しました。
日本列島の縦幅とイコールといっても過言ではない(過言である)縦長の長野県。
出るのに、3時間ほどかかります。
岐阜・中津川で乗り換え、名古屋に着いたのが12時。
今日でなくてよいのにヨドバシカメラへ寄りました。
前日に欲しくなった機材を引き取りに来たのです。
栄駅から徒歩5分のところを30分もかけ、順調に自らの計画を破壊していきます。
でも大丈夫。私の性質を汲んで、1時間半のバッファを設けてありますから!
とはいえ栄の町を再び彷徨うのはごめんなので、帰りはヨドバシ横の「矢場町」なる駅を利用しました。
ちょうど来ていた電車へ飛び乗り名古屋へGO!
明らかに矢場駅の方が近いのに、所要時間が同じなのはおかしいだろうが!
ヨドバシカメラ公式HPに憤慨していると、あれれ……名古屋駅につきません。
それどころか「次は東別院」なぞ、全く知らない駅名を告げてくる始末。名古屋駅、消えた?
よく聞けばこの電車「名古屋行」じゃなくて「名古屋港行」とのこと。
ものの見事に反対方向です。まさかこんなところに刺客がいるなんて。
降りて引き返すと、名古屋発の電車に乗り遅れ、今後すべての計画が崩れてしまいます。
バッファは2時間必要だったか……。
どうしたものか、むむむ……。
何がむむむだ
軌道修正、そして滋賀・長浜へ
電車の乗り間違えに関しては、四割打者の超好成績をおさめるあまぼし。
その証拠に、窓に写る見事な能面ヅラは冷静そのもの(表情に乏しいだけ)。
そして、東別院の後に「金山」の単語を聞いた瞬間ひらめきました。
金山駅はJRにも存在するから、金山で降りればスムーズにJRへ乗り継げるのではないか?
JR金山駅から下り列車に乗れば、名古屋を経由し大垣方面に軌道修正ができるのではないか、と。
調べて見ると予想は当たっており、何食わぬ顔をして金山駅で下車。
JR金山駅にタイミングよくやってきた快速が、もともと乗車予定の「大垣行快速電車」だった点も僥倖という感じです。
トラブルはなかったことにして、大垣、米原、そして今回の最大目的地である「長浜駅」へ向かいます。
米原周辺の車窓好き。
琵琶湖!
15時10分、長浜駅着。
家を出て既に8時間が経過しています。
今回は寄れなかったのですが、現存する最古の旧駅舎※が駅近くにあります。
※鹿鳴館調の洋風建物。開業は1882年(明治15年)らしい
琵琶湖、デカすぎて感覚がバグる
なぜ1日目が琵琶湖かといえば、大した理由はありません。
ただ、長野から鈍行で快適に行ける1日の限界が京都周辺だからです。
一番の目的は5年前に行った鳥取砂丘の再訪なのですが、鳥取まで1日で行くのはダルイ!
そのためどこかを中継したく、
せっかくならサンセットが綺麗な場所で初日を終えるか……
せや、琵琶湖!
くらいの短絡的思考で決まりました。
で、長浜駅を目的地にしたのは他にほぼ選択肢がなかったからです。
滋賀といえば琵琶湖。県の半分を占めている日本一巨大な湖です。
(……あくまで主観。実際は1/6程度)
琵琶湖沿いは東側に琵琶湖線、西側に湖西線が走っています。
厳密に言うと、山科から近江塩津までの湖西線は正式名称ですが、琵琶湖線なる名称は存在しません。
長浜~京都あたりを主に滋賀の民がそう呼んでいるのを、JRが逆輸入した形なのです。
ちなみに愛称が決まったときのエピソードが下記のとおりで、
JR西日本の発足直後、米原駅 – 大阪駅間の愛称を公募したところ、国鉄時代から俗に呼ばれていた「湖東線」が1位であったが、JR西日本は米原駅 – 大阪駅間の愛称を「JR京都線」と決定した。
しかし、滋賀県や県議会から地域密着の路線名にして欲しいと強い要望があったことを受け、1988年2月5日に米原駅 – 京都駅間の愛称を「琵琶湖線」に変更
愛称を公募しておいて、ガン無視するJR西のサイコっぷりがなんか笑えます。
「服、どっちがいい?」って訊くだけの女子かよ。
話は脱線しましたが、琵琶湖沿いには電車が走っています。
一見、琵琶湖のどこへ行くにも電車でアクセスできそうです。ええ、一見。
ところがどっこい、米原駅ー琵琶湖間ですでに徒歩30分。
河毛や虎姫にいたっては、琵琶湖に出るまでなんと徒歩1時間半もかかるのです。
もっと南の近江八幡あたりにいくと、徒歩2時間半。
とてもじゃありませんが、ぶらり途中下車の旅どころの騒ぎじゃありません。
サンセットを見るには琵琶湖の東側にいる必要がありますが、思ったよりも選択肢が少ないことに気づきました。
この勘違いも、ひとえに琵琶湖がでかすぎるから起きたものです。
ええい、琵琶湖め!!
滋賀郷土料理「鯖そうめん」を求めて
長浜駅はモールらしき建物が併設しているのですが、よく見ると人入りはイマイチ。
着いたのが15時過ぎなのも相まって、食べ物屋さんがやっていません。
けれど大丈夫!
郷土料理「鯖そうめん」が遅くまで食べられるお店を事前に調べておきました。
その名も「善光」。
駅から徒歩2分。営業時間は11時~17時まで!
石張りの床に、照明を落とした店内、一つ一つ不揃いな木で作られたテーブル。田舎の蕎麦屋を彷彿とさせる風情です。
客のいない店内はがらんと静まりかえっており、近所の婆さんが喋りにきているのか店先に座っているくらい。
「こんにちは」と入れば、いらっしゃいと振り返るお婆さん。
いや、アンタ店員かい。
気の良い女将さん(お婆さんね)が土地の言葉でいろいろ話しかけてくれました。
「食べな食べな、栄養満点!」とフランクな感じは数年前に亡くなった祖母を彷彿とさせます。
海なし県でありながら、湖北あたりで郷土料理として食べられている「鯖そうめん」。
福井・敦賀湾からの流通の通り道だったことが影響しているようです。
サッと作れるため、忙しいときに重宝されていたのだとか。
甘露煮のような濃いめの味付けに、ほろりと崩れる鯖の身。
隣の昆布をぶち込んだら柚子の皮(?)が入っており、それがいいアクセントになりました。
暑かったので冷たいそうめんが食べたいと思いつつ、合うのはにゅう麵タイプかもしれませんね。
ちなみに鯖そうめんは主食ではなくおかずのようです。
さすが関西人。
鯖缶を使えば家でも簡単に作れます(作った)。
豊公園を散策
店を出た正面に、目的地の豊公園が広がっておりました。立派なお城もあります。
城郭は昭和に立て直した復元ですが、江戸前期に廃城になるまで長浜城が建っていたとのこと。
豊臣秀吉が城主として過ごした場所のようです。
当時の井戸の残骸。
私がもしも歴史に名を遺したら「あまぼしすずめの水道」とかいって、ウチの小汚い蛇口の取っ手が展示されたりするわけ?
……わけがわかんねえ世界だな。
ベンチがあるから座ろうと近づいたら石碑でした。
唐突に現れた「琵琶湖周航の歌」の歌碑。しかも3番。他はいずこ?
滋賀県民には馴染みがあるらしい歌で、実はこの歌は私もよく知っています。
夕方になるとピロピロ町に流れるのです。
なぜに琵琶湖? と幼少のころは疑問だったのですが、作詞者・小口太郎氏は町の出身だとかで、湖畔に像もあります。
この歌自体も、故郷の諏訪湖を懐かしんで歌ったものなのだとか。
岡谷で小口姓は金持ちが多く、彼も例にもれず名家の秀才。
三高(現京大)からの東京帝国大、のちに特許も取った科学者という、私のようなやっかみ根性丸出しの人間からすると副鼻腔から鼻汁を啜り出して吐きかけたくなるほどご立派なエリート。
ただ、研究の行き詰まりや徴兵による退職、失恋(?)の果て、彼は26歳で自死したとの話を知り、私の中では許された存在になりました。
勝手に妬んで許されたもクソもないが。
太郎よ、永久に眠れ。
さて、森森しい場所を抜け、ようやっとお散歩ロードです。
地元の主婦らしき人、犬の散歩、高校生カップルなど様々な人が歩いています。
いかにも南米出身風のドレッドお兄さんが、レゲエを流しながらくねくね踊ってました。
自由っていいですね。
豊公園で夕焼け撮影
日も傾き、いよいよ夕日の撮影。
岐阜までは曇っていた天気も快方に向かい、雲は出ていたものの地平線付近は奇跡的に空が見えていました。
ちょうど光が上手く拡散しそうな雲があるため、夕焼けが見られる可能性もありそうです。わくわく!
それにしても琵琶湖は綺麗ですね~。
お目当ては、桟橋チックな場所からちょこっと飛び出た木。
ストリートビューを見ているときに発見しました。
こういう1本、2本の木がシルエットとしてはよい雰囲気を醸し出してくれるのです。
……ですが!
探せど探せど、目的の木がありません。
せいぜい300mそこらの範囲で見つからないなんてことある?
よくよく確認して愕然としました。
このストリートビュー、9年も前のものなのです。
いつの間にか木は倒れたのかどこかへ消え、周囲は草に覆われ様変わりしていました。
そりゃ9年だもん。当時生まれた子がもう小3だよ。このカップルだって結婚か破局かしてるよ多分。
仕方ないので、もう1つ目星をつけていた木の方へ行きました。
ほら、小さかった木も今はこんなに成長しましたよ。
時の流れですね。
出会ったころは子供だったキー坊が長い時を経て立派なオッサンとして現れたときの感慨を思い出してしまいましたね。
あ、「のび太と雲の王国」の話です。
波打ち際で戯れる高校生カップルを横目に撮影!
ひー、夕日が目に沁みるぜ。
琵琶湖の夕景撮影はまた別の記事で書く予定ですが、こんな感じ。
日が沈んだあと、予想通り雲の一部が焼けてくれて久々の充足感を味わいました。
しばらく黄昏たあと、19時くらいから次の目的地を目指します。
やたらと安くて見た事のない商品が並ぶ自販機。
余呉湖で星は撮れるのか?
電車で20分、次に向かったのは余呉湖(よごこ)。
今回初めて知った場所です。琵琶湖の北側、子分のようにくっついてる湖があります。
いや、琵琶湖のせいで縮尺が狂ってるけど、そんなに小さい湖ではないはずです(6.4 km)。
ここはワカサギ釣りやが盛んなところで、湖北八景にも選ばれている場所なのだとか。
その他の湖北八景…鶏足寺、湖北湖岸、醒井宿、竹生島、長浜城、小谷城跡、伊吹山
羽衣伝説としても有名な場所。
羽衣伝説って、水浴びしてた女性の衣類を盗んで隠して結婚を迫るとか、よく考えたら強姦の沙汰じゃん。
そのあと衣を取り戻したら子供を置いて帰っていく天女も天女だしさあ。
登場人物全員クレイジーでお送りしていますって感じ……。
さておき。
余呉湖は湖北のため自然が豊かで、星がよく見えるのだとか。
また風がない日にはリフレクションも見られるそうで、どれどれいかほど……と訪れてみました。
余呉駅からは徒歩15分ほど。
いやはや、初めて夜に来たのがいけなかったですね。
想像以上に周囲が暗くて、どこに何があるのかさっぱりわからん!
こういうことは多々あり、毎回反省しつつ次もやらかすでしょう。
ちょうど雲も出てきてしまったので、数枚写真を撮って退散しました。
空の暗さとしてはまずまず。肉眼で確認できませんが、天の川は映るレベルです。
ちなみに夏場はアオコか藻かの発生がひどいようで、湖面が見えません。
来るなら晩秋から初春の時期でしょうか。
次があるかはわかりませんが、滋賀で星景を撮るなら訪れたい場所です。
宿がないままGO WEST!
薄暗い余呉の町に佇む余呉駅。
14歳のころから精神が成長していないため、誰もいない夜の駅舎に興奮してしまいます。
乗り込んだ最終列車にも人影はなく、気づくとこの世ならぬ場所へ運ばれていく……。
――えー、京都に戻るらしい隣のおばちゃんたち3名が、22時も近いのにお菓子を広げてパーティーしておりました。
元気があってよろしい!
あと3時間くらいで着く?
琵琶湖には地元民の感覚さえバグらせる力があるようです(実際は1時間半)。
北陸本線と湖西線を乗継ぎ、琵琶湖を周る22時。
今夜の宿などありません。
果たして私はどこへたどり着くのか、次の目指す場所とは……。
2日目につづく
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